九州地域のアイコン

九州地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記

奇花タケシマヤツシロラン【屋久島地域】

2018年05月15日
屋久島国立公園 池田 裕二

 ランの花、というと皆さんはどのようなイメージを持たれるでしょうか。

 絢爛豪華なカトレヤ、デンドロビウム、シンビジューム、あるいは端正に仕立てられた胡蝶蘭のような洋ランの花をイメージされるでしょうか。

 ランは花をつける植物の中でも、最も進化したグループともいわれています。世界中に分布し、ラン科の原種の数だけでも知られているだけで2万種を超えるそうです。これは植物の中でもかなり多い方です。さらに、人が交配した園芸種は数十万、あるいは100万種ともいわれています。昔から人に愛されている花でもあります。

 ランの原種は日本におよそ300種自生するといわれ、屋久島でも数十種類以上が自生しているようです。屋久島のランは生育数が減少していることや、植物体そのものが小型で目立たない種が多いこともあり、巡視活動中にも、限られた種類しか見つけることができません。

 先日実施した、屋久島の希少植物調査で見つかった種類のうち、1種がたいへん面白い花でしたのでご紹介いたします。

和名:タケシマヤツシロラン

学名:Gastrodia takeshimensis

 鹿児島県三島村の竹島(島根県の竹島とは違う島です)で発見され、2013年に新種として発表された、たいへん珍しいランです。

 おや?どれが花?と思われるかもしれませんね。矢印で示している部分が花です。

 そうです。まずこの花の面白いところは「つぼみのまま花が咲かない」のです。花を咲かせずに、自家受粉といって花の内部で受粉を行います。ふつう、ラン科の花は昆虫に花粉を運んでもらう虫媒花です。虫を呼ぶため花が目立つ色をしていたり、独特の芳香を持っていたり、虫の注意をひく形をしていたりと、さまざまな特徴があります。それなのにこのタケシマヤツシロランは、そもそも「花を咲かせない」、閉鎖花という特殊な花なのです。これでちゃんと子孫を残せるのか疑問がわいてきます。面白いですね。

 そしてさらに「植物なのに緑色をしていない」のです。光エネルギーを利用して糖を合成する、光合成ということをしません。それだけでなく、「葉もありません」。地上部が約10cmほどのこの花、花期と結実期以外は地下でひっそりと生きており、地上部には姿を現さないのです。では普段どうやってエネルギーを得ているかというと、森の中の腐葉土に存在する、ある種の菌類から栄養を奪っているのです。「菌を食べている」とイメージしてください。こうした生き方をしている植物を専門用語で「菌従属栄養植物」といいます。いっぽう自分で糖を作る、一般的な植物は「独立栄養植物」といいます。ラン科植物は多かれ少なかれ菌に依存しているようですが、タケシマヤツシロランは完全に菌に依存しているようです。逆にいうと菌が健康に生育していない場所では生きていけないようなのです。

 タケシマヤツシロランをはじめとする、菌従属栄養植物の多くは、巨木があり落ち葉が豊富なとても古い森、特に低地の照葉樹林(常緑の広葉樹林)を好むようです。屋久島でもそうした条件をもつ森は少なく、これらの花はごく限られた狭いエリアにしかありません。菌従属栄養植物のほとんどは希少な植物なのです。

 

 こうした珍しい植物の生育状況を調査し、保護対策を考えるのも環境省の仕事のひとつです。目立たないこの花を見つけるのに、調査団はみな地面を這うようして身を低くし、まるでゾウガメのようにゆっくりしたスピードで、花を踏まないよう細心の注意を払いながら見つけていきました。いままでに出会ったことが無い珍しい花を探す調査は、大変貴重な体験でした。タケシマヤツシロランが生き続ける森を残していきたいと思います。