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九州地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記

九州特産物リレー 出水の海苔【出水地域】

2017年02月24日
出水

 出水自然保護官事務所の本多です。

 今回は九州特産物リレーとして、出水の特産物である海苔(出水浅草海苔)を紹介致します。

 出水と言えば鶏肉やかんきつ類の生産が盛んなイメージが強いですが、実は知る人ぞ知る、日本最南端の海苔の産地でもあります。出水で獲れた浅草海苔はその質の良さや流通する数の少なさから高級品として知られ、皇室へ献上されたこともあるそうです。出水の浅草海苔について、約35年間、出水で農業をしながら浅草海苔の生産もされている山口さんへ話を伺ってきました。

 さて、下の写真が実際に出水で収穫された浅草海苔です。出来立ての焼き海苔を山口さんにごちそうになりました。一見、食卓で目にする海苔と何ら変わりませんが...?

 口にすると、香ばしさと磯の風味がとても豊かに感じられ、また噛むたびに雪を踏んでいるかのような「ぎゅっ」という音がします。私が今まで食べてきたどの海苔よりも美味しいと思いました。

 何故、このような美味しい海苔ができるのでしょうか。この点について山口さんへ尋ねてみたところ、出水の地理的条件と海苔の育成方法に秘密があるそうです。

 出水市は北に向かって遠浅の八代海が広がっており、冬になると北西からの冷たい風が吹くことによって海水温が低くなります。これが浅草海苔の育成に適した環境になっているそうです。また、出水では潮の満ち引きを利用した干出(かんしゅつ)という方法によって海苔を育成しています。この干出により、干潮時に海苔が海上に露出し、日の光を浴びることによって殺菌されるため、酸処理(海苔の病気を予防するために酸の液に浸す処理)をせずに育成できるそうです。このことから出水の浅草海苔は「無酸処理の海苔」と呼ばれることもあり、高級品としての裏付けにもなっています。

 スーパーマーケットに並ぶ海苔も勿論美味しいのですが、出水の海苔はその土地ならではの「自然の仕組み」を活かして育成されているからこそ、独自の風味や食感が生まれるのだと気づかされます。

 では、出水の海苔はどのようにして作られているのでしょうか。出水では10~12月の前期、1~3月の後期の二回に分けて海苔の育成・収穫が行われます。

 収穫された海苔は、まず混入したゴミが取り除かれ、洗浄されます。次に海苔をミンチ状に粉砕し、形を整えやすくします。それを薄く伸ばしながら乾燥させていくと...

 

 私たちが普段目にする形の海苔が出てきました。(左の写真)

 しかし、これで完成ではなく、ここからさらに一定以上の湿度を含むものや形の悪いものを選別していき、これをクリアした海苔を10枚1束の10束(合計100枚)にまとめて完成です。(右の写真)

 正直なところ、この過程だけを見た時は「海苔って意外と簡単に出来るんだ...」と思っていました。ところが山口さんがおっしゃるには、海苔の収穫は加工作業とはうって変わって「命がけの作業」になるそうです。出水では先に述べた通り強い北風による高波の影響で船が出せないため、作業はすべて手摘みで行っています。この時、頭の上まで襲い掛かる高波によって息ができなくなることもあるそうです。

 生産者の方々の荒波に立ち向かう度胸と、恐怖に打ち勝つ精神力には尊敬の念を抱かざるを得ません。私たちが何気なく口にしている食品には、生産者の方の努力があると想像すると、自然と感謝の気持ちがわいてくるように思います。

 ところで、山口さんへ話を伺っているうちに、海苔の生産の現場ではツルの飛来地ならではの課題に直面していることも分かってきました。

 出水では10月から翌3月にかけてツルの食害防止を目的とする給餌が毎日行われますが、この餌に誘引されたカモたちが干拓地へ集中し、海苔を含めた周辺の農作物等へ食害を及ぼしています。海苔の育成地では、防鳥ネットによる食害対策がなされていますが、それでも全収穫量の半分くらいはネットをかいくぐって侵入してくるカモ類(特にヒドリガモ)に食べられてしまいます。現場では、食害へのより効果的な対策が課題となっています。

 今回は、出水の浅草海苔に焦点を当てて、その作られ方や現場の課題を紹介してきました。高級品として知られる反面、過酷な収穫作業や、さらにはカモによる食害という課題にも直面しています。ツルをはじめとする多くの野鳥が飛来することは、出水の自然環境の豊かさを象徴する一方で、食害という負の側面をも内包しています。このことは、「野鳥と上手く折り合いをつけていきながらも、出水の豊かな自然の恩恵を享受するにはどうすれば良いか」といった、いわば人間と自然との共生の在り方を私たちに問いかけているのではないのかと、山口さんの話を通じて気づくことができました。

 八代海の荒波に鍛えられ、過酷な収穫作業を経て作られた出水の浅草海苔を、皆様も是非食べてみて下さい。