福岡市動物園飼育係 高田伸一
1.はじめに
1994年(平成6年)以来、環境庁を中心に実施されているツシマヤマネコ保護増殖事業の一環として、福岡市では当園における人工繁殖事業(飼育下において個体数の増加を目指す)を担うことになりました。 この飼育下繁殖個体群の飼育担当する機会を得、このたび初めての飼育下での繁殖に成功しましたので、その概要について報告したいと思います。
2.飼育個体群について
2000年6月現在、対馬から移送され当園で飼育している繁殖個体(ファウンダー)は、以下のとおり。
個体 |
性別 |
年齢 |
来園月日 |
個体の状況 |
No.1 |
オス |
4才 |
1996.7.6 |
2ヶ月弱の幼獣で保護来園。他個体との接触が困難。 |
No.3 |
オス |
不詳 |
1997.3.28 |
捕獲個体。今回繁殖の父親。 |
No.5 |
オス |
不詳 |
1997.12.4 |
捕獲個体。交尾行動が不完全。 |
No.6 |
メス |
不詳 |
1998.12.22 |
捕獲個体。発情と交尾体勢までには至った。 |
No.8 |
メス |
2才 |
1999.2.18 |
捕獲個体。今回繁殖の母親。 |
3.飼育施設設備債、飼料、および飼育管理について
(1)当園のツシマヤマネコ専用獣舎は、5頭のファウンダー用に5区画に分けられており、それぞれ生息する対馬の環境条件に近いように植栽や地形に配慮された屋外運動場と、巣箱(40×70×40cm)等を設置した屋内寝室を備えている。また、観察設備としてカメラ14台、モニター5台、計量器5台等を設置している。なお、ツシマヤマネコ舎は飼育下繁殖を第一目的にしているため、一般公開はしていない。
(2)ネコ科動物は同一飼料を続けると数日後には餌喰いが悪くなるという事などを考慮し、馬肉・カンガルー肉・ブロイラー・鶏頭・牛肝臓・マウス・ひよこ・アジの8種から餌を選定して、月平均250g弱/1日量を与えた。欠食は2回/1週間。また運動場にはイネ科の植物(チガヤ、ススキ等)を植え、エンバク・イタリアン・小麦の種子を蒔いている。
(3)日常飼育作業でツシマヤマネコ舎に入室する場合は、ネコ特有の感染症に対する防御の目的で、消毒措置に留意している。すなわち消毒槽、手足の消毒、キーパー通路の履き替え長靴など。朝一番に飼育個体の姿を確認してから作業に取りかかることが原則である。園内のプロジェクトチームの構成は、飼育技術員4名・獣医師4名、計8名で、月2回飼育観察について会議を行い対処している。基本的には夜行性のため、屋内・外の動物出入口は自由扉としている。
4.ペアリング・交尾・出産についての記録
ファウンダーの中ではNo.6とNo.8がメスであるので、この2頭を軸に、各個体の年令に係わる相性を探るべくいろいろな組み合わせでペアリングを試みた。
(1)No.6(熟メス)のペアリング経過 No.6は、1998年12月8日に上対馬町で捕獲された健康なメスネコである。年齢は不詳だが、歯の状態等から、充分に成熟し出産経験もある個体と考えられた。
日付 |
内容 |
1999/1/15 |
検疫期間が終了し、ツシマヤマネコ舎の左から4番目の区画へ収容した。 |
1/22 |
年令を考慮しNo.5オスと金網越しに見合いさせ、良好なペア構成と見受けられた。 |
2/20 |
同居させると仲良く並んで座る(同日より終日同居)。 |
3/4 |
交尾体勢はとるが、No.5オスは下腹部をNo.6メスの背部に摩擦するだけで交尾は不完全。 |
7/17 |
年齢構成・相性は良好なので、再度No.5オスと同居。 |
7/21 |
交尾行動を試みるが、前回同様にNo.5オスはNo.6メスの生殖器に至らず、交尾は不完全。 |
No.6メスとNo.5オスのペアリングは一時保留して、8月より2000年春の発情期に向けた新たなペアリング計画を実施。No.6メスはNo.3オスとの同居を週2回行う。このペアも時間を経て相性は良好のように観察された。
日付 |
内容 |
2000年 |
2000.1月中旬に再々度No.6メスとNo.5オスの同居を週2回行う。 |
2/10 |
No.6メスが発情し、No.5オスは前回までと同様に交尾体勢はとるが、性行動は不完全。 そのためオスを入れ替えてNo.1オスをNo.6メスと同居させるが、No.1オスは逃げ回る。 |
2/17 |
No.6メスとNo.3オスのペア構成で終日同居開始。 |
2/19 |
No.6メスが発情し、翌20日にかけて交尾行勤を4回確認。 |
2/21 |
発情停止(2日間の発情) 他の小型ネコ類から類推して4月24日前後を出産予定日と推定した。 |
|
5月上旬まで観察していたが出産は見られず、今回は妊娠していなかった。 |
5月下旬より再度No.3オスと週2回の同居を試みており、7月交尾・9月出産の計画に取り組んでいる。
(2)No.8(若メス)のペアリング経過 No.8は、1999年2月5日に上対馬町北部の山中で捕獲された健康なメスネコである。捕獲時点では亜成獣と判断され、1998年春に生まれた当才個体と考えられた。 1999.3.15検疫期間が終了し、ツシマヤマネコ舎の左から2番目の区画へ収容した。 同年8月よりNo.1オスと週2回の同居を行うが、No.1オスはうまく接触できずに離れて行動することが判明。発情時期が近くなるとNo.1オスの行動が良好に変化するのではないかと思い、狭い寝室内で同居を試みたりして2000年1月中旬まで様子を観ていた。しかし観察の結果、No.8メスに追われてNo.1オスは逃げ回っているのを観て、ペア構成の変更を決定した。
日付 |
内容 |
2000年 |
2000年1月中旬にNo.8メスとNo.3オスの同居を週2回のペースで開始した。 オスがメスを追い回し問題はあったが、時間を経るごとに相性が良くなった。 |
2/1 |
ペアリングの相性は良好と判断し、No.8メスとNo.3オスの同居を終日にする。 |
2/3 |
追尾行動が始まる。 |
2/13 |
翌14日にかけて交尾行動を5回確認。 |
2/15 |
発情停止(2日間の発情)。その後17日にNo.3オスと別居させた。 |
2/21 |
No.8メスとNo.3オスを2回目の同居をさせたが、No.8メスに2回目の発情が起こらなかった。 |
このため、受精・妊娠した可能性が高いと考えられた。出産予定日は4月17日と推定した。
(3)出産と育仔について 上記No.8メスが、飼育下で初めての出産に至った。
日付 |
内容 |
2000/4/17 |
前日までNo.8の行動に変化は見られなかったが、17日陰部を舐める(分娩徴候と思われる)のが4回確認され、金網越しに隣にいるNo.1オスに攻撃するなどの変化で、出産は近いものと考えられた。 タ刻の餌を与えるとすぐに全部食す。19:30過ぎまで観察。残餌があれば出産間近なものとして、継続観察を考慮していた。 |
4/18 |
07:30頃、獣舎内観察室のモニターで巣箱の中のNo.8メスの下腹部に出産仔の尾が1つ確認された。
最終交尾確認から64日目。出産は同日未明と思われた。母ネコになったNo.8メスは、1回3分ほど巣箱を離れるも、餌を食さず、授乳・グルーミング等仔ネコの面倒をみていた。
仔ネコも活発に動き、横たわった母ネコの身体に登る様子が観られた。 |
4/19 |
記録ビデオを詳細に観察した結果、仔ネコは1頭であることが確認された。
母ネコは、巣箱を出ず餌も食さず、仔ネコの面倒をみている。仔ネコが横たわった母ネコの身体を
乗り越える様子が観察された。 |
4/20 |
夕刻、母ネコが仔ネコを巣材の乾草で覆って隠した後、巣箱を出る。
(その後も外出の際母ネコは同じ行動をとる) |
5月中旬 |
母ネコが仔ネコを乾草で隠さないで巣箱を出ていくようになる。 |
5/22 |
仔ネコが巣箱を出るようになる。モニターで確認すると巣箱の中から仔ネコが見えなくなるが、1~2分ですぐに戻る。 |
5/23 |
生後36日目。タ方、母ネコが仔ネコをくわえ運動場に初めて出ているのをビデオに記録した。
足取りはまだふらついている。 |
5/24 |
運動場の低木の下、U型溝の中にいる仔ネコの写真を撮影。仔ネコは、夜間は運動場にいることが多くなってきた。餌はまだ母乳のみと思われる。 |
6/4 |
仔ネコは、夜間に横木を使って自力で巣箱の出入りをするようになる。また、運動場の築山に登り降りしている姿も確認できた。かなり行動が活発になってきた。仔ネコが計量器に乗ったため、体重750gと初めて確認された。 |
6/7 |
仔ネコの体重は800gと確認。 |
6/13 |
仔ネコの体重は900gと確認。 |
6/16 |
仔ネコが餌を食すのを初めて確認。 |
[ 写真:4月18日に生まれた生後36日のメスの仔ネコ。写真:福岡市動物園提供 ]
5.考察およびまとめ
ツシマヤマネコの飼育繁殖は前例がない上に小型ヤマネコの詳しい資料もありませんでしたが、ベンガルヤマネコその他のネコ科動物の資料を参考にしながら、動物園で長年培った飼育経験を基に計画を立ててきました。しかし野生個体の飼育については、個体ごとの行動に差があるため、計画通り進むかどうかが心配の種でした。4月18日に初めての出産を確認した時には、全身の力が抜けたようになりました。 他の動物でも飼育下での繁殖は、常に気を使いながら獣舎の清掃や動物移動などを行います。野外から収容したツシマヤマネコについては、さらに慎重な世話を私一人で5年間行ってきました。また繁殖時期、ペアの年令と相性が重要な課題であると再認識しました。飼育をすることで、年間の体重変化やメスの発情期間は2日間であることが確認されました。飼育動物では往々にして交尾不能なオスがいるものですが、野外個体群の中にもこのような個体がいることは意外でした。 現在、母ネコ(No.8メス)による保育は大変良好で、仔ネコは順調に成長しています。2ヶ月過ぎにはウィルス感染症に対する母ネコからの免疫が低下するので、6月19日に予防ワクチンの接種をしましたが、その時点での体重は950g、また外部生殖器の観察により、仔ネコはメスであることが判明しました。 今後も、この仔ネコが成長して立派なメスになるよう努力していくとともに、さらに飼育下繁殖を成功させて飼育下の個体数を増やし、ツシマヤマネコの保護に貢献できるよう願っています。
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