琉球大学理学部 伊澤雅子 九州大学大学院理学研究院 土肥昭夫
私たちの研究グループは1985年に環境庁の「ツシマヤマネコ生息環境等調査」の一環としてツシマヤマネコの生態調査を開始しました。この調査はツシマヤマネコの生息数が非常に減っているのではないかという懸念に基づいて、環境庁によって計画された調査でした。その時、私たちが最も驚いたことは、その数年前から研究に取り組んでいたイリオモテヤマネコに比べて、ツシマヤマネコについてはその生態に関する資料がほとんどないことでした。イリオモテヤマネコでは「発見」当時に実施された環境庁による第一次調査、またその後の大学やWWFJ等による継続的な調査、そしてツシマヤマネコ調査開始の前年に終了した環境庁の第二次調査などがすでに行なわれていました。それらの結果による、イリオモテヤマネコの西表島内の分布、食性、好適環境の分析、密度の濃淡などの資料の蓄積が、その後の保護策の科学的な裏付けとして重要な役割を果たしました。一方、ツシマヤマネコについては、唯一、長崎大学(当時)の山口鉄男先生や対馬在住(当時)の浦田明夫先生を中心に、いくつかの熱心なグループによる痕跡調査やわずかな生態研究があっただけでした。これらの調査結果によって「急激に減少している」という懸念が指摘され、それが環境庁による調査開始とその後現在までつづいている保護事業のきっかけとなったことは、ツシマヤマネコにとっては幸運だったと思っています。しかし、調査を引き受けた私たちにとっては、イリオモテヤマネコと違って具体的な保護策を考える上での生態資料がほとんどないという状況から、この調査には多く困難があると予想されました。
そのような状況からスタートして、私たちは多くの困難を何とかクリアしながら、九大・琉大を中心に、鹿児島大学など全国の研究者の協力も得て、ツシマヤマネコ調査と研究を15年あまり続けています。この長い間、順調に調査・研究を進めることができたのは、地元でツシマヤマネコに関する資料や情報を収集されてきた方たちや対馬支庁、各町役場、地元住民の方たちなど多くの方の協力と御親切のおかげであると感謝しています。
これまでの調査・研究の結果からようやくツシマヤマネコについて、いくつかの重要なことがわかってきました。まず、現在の状況は生息個体数が対馬全島で100頭かそれ以下であること、島内での分布が分断されていること、生息分布の中心は北の方に大きく偏っていることなどです。先述の浦田先生等の予測されていたツシマヤマネコ絶滅の危機的な状況がますます確かなものになっているのです。生態に関しては、その食性が野ネズミに大きく偏っているという特徴も明らかになりました。電波発信機を用いた調査によって、ツシマヤマネコの行動圏の多くは林縁部から平地部にあること、また行動圏の中には特に集中して利用する場所がいくつか見られることも明らかになりました。いろいろな環境でネズミのワナ掛け調査をした結果より、その理由の一つは、最も重要な食物資源である野ネズミの多いところを選んで利用しているからであると考えられました(野ネズミ調査用のワナの設置を許可していただいた土地の所有者の方たちありがとうございました)。また、国設伊奈鳥獣保護区である上県町の志多留・田の浜地区で、多くのヤマネコを長期に渡って継続して調査した結果、メスは非常に小さな行動圏を独占してほとんど変えることなく使っていることがわかりました。すなわちメスが生活して毎年繁殖するためには、安定した良い生息地(ネズミの多い平野部分)が1頭に1ヶ所以上ずつ必要であることになります。オスの方は少し様子が違いました。まず、どのオスもメスよりも大きな行動圏を持ち、なかには志多留から中山、さらに佐護までの広い範囲で活動するネコもいました。また、ずっと1ヶ所に住み着いているオスもいましたが、ある一時期だけ調査地にやってきて、またどこかへ行ってしまうオスもいました。このような放浪するオスはイリオモテヤマネコでも見られ、短期間で10キロメートル以上に渡って移動していった例もありました。ツシマヤマネコの社会がこのようなさまざまなネコによって構成されているとすれば、これらのネコの生活を全部保証できる広さを好適な生息地として残さなくてはいけないことになります。今のところ残念ながら生まれた仔ネコがどのようにして自分の住み場所を決めるのかを調べる方法がありませんが、外国のネコ科の動物では、オスの仔ネコは親から独立した後、自分が生まれたところから遠くまで分散して自分の縄張りを獲得すると言う報告もあります。放浪していくオスネコや分散していく仔ネコの場所まで考えるとかなり広い範囲の連続した生息地が必要であることになります。
田の浜で自動撮影されたツシマヤマネコ(オス)
1999/12/18
2000/1/27
1993年からずっと志多留・田の浜に住んでいたオスと1995年からずっとここに住んでいたメスが昨年から今年にかけて相次いでなくなりました(オスの方は死体が確認されました)。最初に確認した時にすでに大人でしたので、どちらも少なくとも10年近くここに住んでいたことになり、これはおそらく一生の大半になるでしょう。志多留・田の浜ではこの2頭のネコがいなくなったあと、次々と新しいメスや新しいオスが現われ、世代交代が起こりつつあります。新しいネコが入ってきたということは、周辺にもヤマネコが住める環境があり、空きができたところをすぐ埋められる予備軍がいるということで、ツシマヤマネコの保護の上ではいい二ユースだと思っています。以上述べたような調査の結果は、さらに最新の情報も含めて、対馬野生生物保護センターで発表展示していますので、是非見に行ってください。
私たちは対馬で生き続けている全てのツシマヤマネコを保護できるように、また、10年あまりにもなるヤマネコの一生を考え、その一個体、一個体を大事に見守りながら、調査と研究を焦らず、息長く進めています。また、ツシマヤマネコは対馬の生態系食物連鎖の頂点にいます。ツシマヤマネコを支えている対馬の全ての動植物によって構成されている自然生態系のバランスを理解し、それを保つための研究も進めなければならないと考えています。対馬の自然生態系のバランスを保つことこそが、ツシマヤマネコが生息地対馬で生き続ける最も重要な条件になると考えるからです。人間の活動は対馬の自然生態系のバランスに大きな影響を与えます。しかし、さまざまな人たちが集まって、機会あるごとに、多くの知恵を出し合うことで、自然生態系のバランスを保ちながら、人の活動を考え、人間も含めた調和を実現していくことは可能なはずだと信じています。
私たちはツシマヤマネコをその生息地対馬で、21世紀以降の世代への自然遺産として残すことを最優先にして、できる限りの事を続けていきたいと願っています。
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