長崎森林管理署 対馬森林経営センター 有村一實(ありむらかずみ)
ツシマヤマネコを愛する皆さんこんにちは。 これからツシマヤマネコ保護に取り組んでいる国有林についてご紹介します。 まずはじめに、「国有林」や「森林」について説明をしておきましょう。 日本の国土の約7割は森林によって占められていますが、その森林の中で国有林(国が管理経営している森林)は約3割もあるのです。 つまり、国有林を管理経営している林野庁は日本一の大地主ということになります。 そして、国有林以外の森林は公有林(県有林・市町村有林等)と私有林(会社や個人の所有林等)に分かれます。 日本は周囲を見渡すと森林がよく目につくので、あまり森林のありがたみがわからないのかも知れませんね。
大昔は地球はどこも森林に覆われていたそうです。現在砂漠化している国々にもオアシスと呼ぶにふさわしい森林地帯が数多くあったようですし、大昔栄えていた文明国も森林の消失によって滅びたのではないかということもわかってきているようです。 いま、環境破壊による地球の危機が叫ばれ続けています。二酸化炭素の増加によるオゾン層破壊や地球温暖化による異常気象等です。 これらの原因には色々あります。たとえばあのダイオキシンを発生させる焼却炉や工場の煙突からでる二酸化炭素を含む煙もあるでしょうし、またフロンガスもその顕著なもののひとつです。 その他産業廃棄物の処理のありかたも大きな問題をはらんでいます。海においても不法に海洋投棄される廃棄物が相当あるようです。 このように人間が豊かさと便利さを求め続けることによって、地球は疲弊(ひへい)し、地球の寿命も縮まっているのかも知れませんね。 それに輪をかけるように、熱帯雨林の焼畑農業による森林の減少や山火事による消失、更には熱帯雨林を所有している国々の木材輸出による過伐など、貴重な地球の森林資源が恐ろしいスピードで減少しているのです。
前置きが少々長くなりますが、国有林では今年3月から大改革を実施中です。その大きなもののひとつとして、国有林面積の5割を占めていた公益林(保安林等のように木材生産を目的としない森林)を8割に増やし、水資源等国土を守る「水土保全林」やレクリエーションや希少野生動植物等保護を目的とした、「森林と人との共生林」等の森林に力を入れようとするものです。 その中にはもちろんツシマヤマネコやイリオモテヤマネコ等哺乳動物を始め、鳥類や昆虫、希少価値のある植物等の保護が含まれています。 そこで、いままで「営林局」とか「営林署」と呼んでいた名称を改め「森林管理局」や「森林管理署」という名称に変えました。 つまり、木材生産に主体を置かず、公益林主体の国有林として管理することになったのです。 皆さんが毎日飲んだり、炊事をしたり、あるいはお風呂に使っている水はどこからくると思いますか? 水道の蛇口をひねれば、簡単に水は出てくるけれども、それは降った雨を森林が蓄えたり、根本から吸収して地下に保水してくれているから、雨の降らない時でも満遍(まんべん)無く水を川に流し続けてくれているのです。 そして、その川にダムを造りその水を貯めることによって、水道の蛇口をひねれば簡単に水が出てくるという訳です。 だから、「水道の蛇口の向こうには森林がある」のです。 また、酸素もそのほとんどが光合成により森林や海(海草)から放出しています。 皆さんが吐き出す二酸化炭素や、工場や車等から出る二酸化炭素を森林等植物が吸ってくれ、代わりに酸素を吐き出してくれるという訳ですね! このように、森林や海がなければ人類をはじめとする生物は生きていけないのです。
さて、対馬の国有林の北部にある瀬田御岳(せたみたけ)国有林ならびに佐護(さご)御岳国有林では、ツシマヤマネコを守るために「御岳特定動物生息地保護林」として約145ha(1haは1辺を100mとする正方形の面積にあたります)を指定しています。 現在国有林で実施しているツシマヤマネコ保護のための巡視事業は、この「御岳特定動物生息地保護林」を中心に、その周囲を含む約457haに及んでいます。 主に巡視を実施しているのは、三根森林事務所森林官と、九州森林管理局長が任命している「自然保護管理員」5名の方々です。 最初に巡視を始めたのは平成6年1月からでしたが、さすがに始めのうちはツシマヤマネコの糞がなかなか見つからず苦労しました。そこで、「ツシマヤマネコを守る会」会長の山村辰美さん(自然保護管理員の一人でもあります)の指導もあり、だんだん慣れるに従って沢山の糞が見つかるようになりました。 この巡視でみつかった糞やデータは九州大学の土肥昭夫先生や、更にそこを経由して琉球大学の伊澤雅子先生へお送りして分析をしてもらっているのです。 御岳は昔からの霊山であり、標高は雄岳が494m、雌岳が456mあります。対馬の山では高い方で、冬などはとても寒く凍てつくような場所なので、ツシマヤマネコも冬の間は少しでも暖かい里山に下りてきて生活をしているものと思っていましたが、巡視のデータからその先入観はもろくも崩れ去りました。 なぜなら寒い冬でもあの御岳の近辺で生活していたのです。糞は冬でも標高の高い尾根筋に沢山あります。
また、国有林では巡視の他にツシマヤマネコ保護のための森林整備として、保護林の周囲にある人工造林地(スギやヒノキ等を人の手によって植えている箇所)の保育間伐(間引くこと)や伐倒木整理(伐倒したスギやヒノキを沢沿いに整理して並べておき、ツシマヤマネコが水を飲み易くしたり、並べた木々の中を隠れ家にできるようにする試み)等を実施しています。 これら保育間伐・除伐・枝打ち等森林整備事業の目的は、ツシマヤマネコの餌であるネズミ等の哺乳類や爬虫類・昆虫等を増やすことにあります。 つまり、人工植栽されたままのスギやヒノキ林では、林内にあまり陽光が射さないため、暗くて下層植生(かん木等の植物)が生えなくなるので、強度な保育間伐や枝打ち等を実行して、林内を明るくすることにより下層植生や広葉樹等の生立を図り、そのことにより微生物やミミズ・昆虫等の繁殖を促し、それらを主食とするモグラやネズミ類が増殖し、今度はそのモグラやネズミ・爬虫類・昆虫等がツシマヤマネコの餌として役立ち、食物連鎖によりツシマヤマネコも生活できやすくなり、保護増殖が可能になるという訳です。 いまのところ、希少野生動植物等に対するこのような取り組みはここ「長崎森林管理署対馬森林経営センター」だけで実行しており、各方面から注目されています。 平成7年度から平成10年度までに実施した森林整備事業は、約45haにのぼっており、平成11年度以降もこのような事業を継続して実行していく予定です。 また、その他の事業としても歩道修理・自動カメラ設置・餌動物調査・植生調査等を実施してきています。 このように、今後の国有林の果たす役割は、人間を始めとする動植物等の生活環境を良くするためにも色々な方面から期待されているところです。 これからも、国有林の管理経営は皆さんの期待に沿うように努力していきますので、どうぞよろしくお願いします。
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