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11月8日(土曜日)、上県町(かみあがたちょう)の志多留・田の浜(したる・たのはま)の芋畑で、木庭作(こばさく)芋掘りイベントが開催されました。子供たちは土の中から現れる芋やカエルに歓声をあげ、普段土に触れる機会が少ない大人の参加者にとっても、懐かしく楽しいイベントになりました。
掘り出した芋は焼き芋にして皆でいただき、掘り残したイモはツシマヤマネコのエサである小動物たちの冬の食料となり、生命の循環の一部となっていくはずです。
集合場所の佐護バス停で、ムクドリの群れを撮影。
対馬にはムクドリは少なく、かわりにヒヨドリをあちこちで見かけます。
志多留の芋畑に移動し、芋掘り作業の前に、まずは自己紹介。
「えー、芋を掘りに来ました。焼き芋が楽しみです」
昨年に引き続き、今回も志多留の國分さんにご協力・ご指導をお願いしました。
昨年木庭作で収穫した巨大芋の写真は[こちら]
芋を掘る前に、まず芋のツルを刈ります。手際が肝心。
「こうやって、ツルを丸めていけば簡単だよ」
「イモ、掘れたよ。見て」
「芋掘りなんて、幼稚園以来だなあ。ところで、芋とヤマネコって、何か関係あるんですか?」
「去年はキジにつつかれた芋もたくさんあったんですよ。畑の周辺で野鳥やネズミが増えれば、それがヤマネコのエサになっていくんです」
「なるほど」
今年はなかなかの豊作です。
山が険しく平地の少ない対馬では、山地の斜面などを利用した焼畑の一種「木庭作」(こばさく)が昔から行われていました。
過疎・高齢化により休耕田・休耕畑が増えたことは、野鳥・ネズミなどの小動物や、それらを食料とするツシマヤマネコの生活にどのような変化をもたらしたのでしょうか。
そんな物思いにふけっている間にも芋掘り作業は進み、文明の利器・トラクターの登場です。
「おっとっと、トラクターの操作もなかなか難しいね」
「こっち向いて~」
「ピース」
「あらあら」
畑の周辺では多くの生き物を観察できました。
こちらはニホンアマガエル。
クサガメの赤ちゃんも発見しました。
畑の周辺は、さまざまな生き物の生活の場となっているようです。
さて、田の浜に移動してもうひとつの畑の芋を掘ります。
芋掘りの作業にもすっかり慣れてきました。
もちろん、焼き芋の準備にも余念がありません。
「ごほごほ」
「焼き芋、まだかなあ・・・」
おやつの芋が焼けるまで、腹ごしらえをします。
「今年は豊作だね」
「農作物がちゃんと実ってると、なんだか幸せな気分になるよね」
「芋はすぐに食べられるし」
「麦は大変だったなあ・・・」
黒焼きにした芋をふたつに割ってみると、ほくほくあつあつのおいしい焼き芋ができていました。
バターをのせると、芋の甘みにバターのしっとり感が加わり、絶品です。
「うまっ!」
「もうひとつ、くれ」
「太るよ~」
「・・・」(葛藤中)
「はい、並んで並んで~」
焼き芋の配給を待つ人々です。
さっき昼ごはんを食べたばかりなんですが・・・・。
最後に記念撮影です。
しっかり実った芋を収穫し、お腹も気持ちも満たされた1日でした。
芋はそれぞれ持ち帰っていただき、余った芋はセンターに持ち帰り、後日、上県町佐須奈(かみあがたちょう・さすな)のヤマネコ楽市で販売しました。
収益はツシマヤマネコの保護活動資金に使わせていただきます。
かつて木庭作は全島のいたるところで行われており、山の斜面の土が流出して災害をひき起こす危険があるために、禁止令が検討された時代もあったそうです。
現在、機械化が進んだにもかかわらず、休耕田・休耕畑は増え続け、生き物たちが棲みにくい場所になっています。
過疎や高齢化が進み、農業を取り巻く環境は厳しいのですが、大地を再生させながら食料を生み出し、それによって人と動植物がともに生きていくという農業の価値を、我々は見つめなおす必要があるのではないでしょうか。
おまけ。
芋と一緒に、大根も焼いてみました。
戦後間もない対馬・阿連(あれ)地域の食生活や風習を紹介した「対馬の四季 離島の風土と暮らし」(月川雅夫/著、農山漁村文化協会/発行)の焼き大根に憧れて試してみたんですが・・・。
微妙な味でした。