遺産地域の特徴
遺産地域の概要
「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は、2021年7月に世界自然遺産になりました。この世界自然遺産の特徴は、次のとおりです。
推薦地は、中琉球(なかりゅうきゅう)の奄美大島、徳之島、沖縄島北部と、南琉球の西表島の4地域の5構成要素で構成され、面積42,698haの陸域である。中琉球及び南琉球は日本列島の南端部に位置する琉球列島の一部の島々であり、推薦地は黒潮と亜熱帯性高気圧の影響を受け、温暖、多湿な亜熱帯性気候を呈し、主に常緑広葉樹多雨林に覆われている。
推薦地は、世界の生物多様性ホットスポットの一つである日本の中でも生物多様性が突出して高い地域である中琉球、南琉球を最も代表する区域である。推薦地には多くの分類群において多くの種が生息する。また、絶滅危惧種や中琉球、南琉球の固有種が多く、それらの種の割合も高い。さらに、さまざまな固有種の進化の例が見られ、特に、遺存固有種及び/または独特な進化を遂げた種の例が多く存在する。
これらの推薦地の生物多様性の特徴はすべて相互に関連しており、中琉球及び南琉球が大陸島として形成された地史の結果として生じてきた。分断と孤立の長い歴史を反映し、陸域生物はさまざまな進化の過程を経て、海峡を容易に越えられない非飛翔性の陸生脊椎動物群や植物で固有種の事例が多くみられるような、独特の生物相となった。また、中琉球と南琉球では種分化や固有化のパターンが異なっている。
このように推薦地は、多くの固有種や絶滅危惧種を含む独特な陸域生物にとって、全体として世界的にかけがえのなさが高い地域であり、独特で豊かな中琉球及び南琉球の生物多様性の生息域内保全にとって最も重要な自然の生息、生育地を包含した地域である。
(2019年2月提出の推薦書(仮訳)より引用)
世界的にかけがえのない地域
推薦地を含む4地域は、その面積が日本の国土面積の0.5%に満たないにも関わらず、日本の動植物種数に対して極めて大きな割合を占める種が生息、生育している。例えば、維管束植物は1,819種、陸生哺乳類21種、鳥類394種、陸生爬虫類36種、両生類21種が生息、生育している。全体として、陸域生物多様性ホットスポット「ジャパン」の陸生脊椎動物の約57%が推薦地を含む4地域に生息し、その中には日本固有の脊椎動物の44%、日本の脊椎動物における国際的絶滅危惧種の36%が包含される。また、推薦地では、国際的絶滅危惧種95種を含め、絶滅危惧種の種数及び割合も多い。
IUCNレッドリスト記載種のうち、奄美大島と徳之島のアマミノクロウサギは1属1種で近縁種は存在しない。沖縄島北部のヤンバルクイナは、絶滅しやすいことが知られている島嶼の無飛翔性クイナ類の1種である。トゲネズミ属は固有属で、中琉球の3地域にそれぞれの固有種が分布する。イリオモテヤマネコは“ヤマネコの生息する世界最小の島”西表島だけに生息する。
また推薦地では、多様な種分化、固有種の例が豊富に見られる。例えば、維管束植物は188種が、昆虫類は1,607種が固有種である。特に、陸生哺乳類(62%)、陸生爬虫類(64%)、両生類(86%)、陸水性カニ類(100%)では極めて高い固有種率を示している。これら推薦地の固有種には、進化的に独特かつ地球規模の絶滅危惧種であるEDGE種として選定されている種が20種もあり、そのうち、オキナワトゲネズミ、リュウキュウヤマガメ、クロイワトカゲモドキはトップ100種にランクされている。
このような、生物種数の多さ、絶滅危惧種や固有種の数の多さと割合の高さ、また、多様な種分化や進化の独特さは相互に関連しており、中琉球及び南琉球が大陸島として形成された地史の結果として生じてきた。琉球列島は中新世中期以前にはユーラシア大陸の東端を構成していたが、沖縄トラフや3つの深い海峡の形成によって大陸や他の島嶼と隔てられ、小島嶼(しょうとうしょ)群となった。そこに生息・生育していた陸域生物は、小島嶼に隔離され、独特の進化を遂げた。このため中琉球及び南琉球では、海峡を容易に越えられない非飛翔性の陸生脊椎動物群や植物で固有種の事例が特に明瞭に示されている。
分類群 | 日本全国の 種数 |
日本全国の 固有種数 |
日本全国の 固有種率 |
日本全国の絶滅危惧種数 (IUCNレッドリスト)*1 | 日本全国の絶滅危惧種数 (環境省レッドリスト)*2 | 推薦地の種数 (日本の種数に占める割合) | 推薦地の固有種数*3 (日本の固有種に占める割合) | 推薦地の 固有種率 |
推薦地の絶滅危惧種数 (IUCNレッドリスト) (日本での割合) | 推薦地の絶滅危惧種数 (環境省レッドリスト) (日本での割合) | 出典 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
維管束植物*3 | 約7,000 | 約2,800 | 約40% | 47 | 1,786 | 1,819(26%) | 188(7%) | 10% | 26(55%) | 361(20%) | 1) |
陸生哺乳類 | 108 | 42 | 39% | 29 | 33 | 21(19%) | 13(31%) | 62% | 11(38%) | 13(39%) | 2) |
鳥類*4 | 633 | 11 | 2% | 49 | 97 | 394(62%) | 4(36%) | 1% | 12(24%) | 36(37%) | 3) |
陸生爬虫類 | 72 | 47 | 65% | 19 | 37 | 36(50%) | 23(49%) | 64% | 8(42%) | 13(35%) | 4) |
両生類 | 74 | 65 | 88% | 20 | 29 | 21(28%) | 18(28%) | 86% | 12(60%) | 10(34%) | 4) |
陸水性魚類*6 | 約400 | ? | ? | 19 | 169 | 267(68%) | 13(?%) | 5% | 6(32%) | 69(41%) | 5) |
脊椎動物計*5 | 約1,287 | 165 | 13% | 136 | 365 | 739(57%) | 71(44%)*4 | 10% | 49(36%) | 137(38%) | - |
昆虫類*6 | 約30,000 | ? | ? | 36 | 363 | 6,153(21%) | 1,607(?%) | 26% | 20(56%) | 37(10%) | 6) |
陸水性 甲殻十脚類*6 |
73 | 38 | 52% | 2 | 21 | 47(64%) | 15(39%) | 32% | 0(0%) | 5(24%) | 7) |
出典:日本全国の種数は、1)環境省 (2014a)、2)阿部(2008)及びOhdachi et al. (2015,2016)、3)日本鳥学会(2012)及び高木(2007)、4)日本爬虫両棲類学会(2017)、5)環境省(2014b)、6)環境省生物多様性センター(2010)、7)林(2011)。推薦地の種数は付属資料2-2の種リストを元に算出。
- *1:IUCN Red List ver 2018-1.Summary Statistics Table5より。 なお、陸水哺乳類、陸生爬虫類、陸水性魚類は海棲種を除いた。IUCNレッドリストは種を評価単位とした種数。ただし、哺乳類のイリオモテヤマネコ、トド、陸水性魚類のリュウキュウアユ、ニッポンバラタナゴ、サツキマスは亜種の評価で、絶滅危惧種に国内他亜種がないこと、また、昆虫類は種単位の評価がなく亜種単位の評価のみのものがあるため、ここでは各々1種とカウントした。
- *2:環境省のレッドリストは亜種 (植物は変種を含む)を評価単位とした種数。
- *3:植物の種数は亜種、変種、雑種を含む集計(IUCN レッドリスト掲載種を除く)。
- *4:推薦地の鳥類の絶滅危惧種数は、迷鳥として記録されたものは対象外とした。
- *5:脊椎動物の日本の固有種数、率及び、日本の固有種数に占める推薦地の固有種の割合は、陸水性魚類を除いた値を示した。
- *6:これらの分類群の数値は沖縄島全域を含む4島の情報。
(2019年2月提出の推薦書(仮訳)より引用)
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アマミノクロウサギ
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ケナガネズミ
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ヤンバルクイナ
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イリオモテヤマネコ
琉球列島の古地理と生物の動向の推定図
A:中期中新世以前(〜約1,200万年前以前)
推薦地を含む現在の琉球列島は大陸の東端に位置し、大陸と共通の陸生生物相を有していたと考えられる。北琉球と中琉球は陸上、南琉球の一部は陸地で周囲に浅海が広がっていた。
B:後期中新世〜更新世初期(約1,200万年前〜約200万年前頃)
①沖縄トラフが拡大を開始し、大陸と中琉球、南琉球の間が開き始めた。後期中新世(約1,200万年前〜約500万年前)にはトカラ海峡、慶良間海裂(かいれつ)が形成され、中琉球と周辺の陸域(九州、北琉球や、南琉球)が分断され、中琉球にアマミノクロウサギ、トゲネズミ類、トカゲモドキ類、ハブ、ハナサキガエル類、サワガニ類などの陸生生物相が隔離された。
②鮮新世(約500万年前〜約260万年前)には、南琉球が大陸から分断され、ヤエヤマセマルハコガメやキシノウエトカゲ、サキシマハブ、ハナサキガエル類等の陸生生物が南琉球に隔離されたと考えられる。その間、プレートの衝突による造山運動で形成された台湾島と南琉球が一時的な接続をはたしたと考えられる。そのため、ヤエヤマセマルハコガメやキシノウエトカゲなどは近縁な種、亜種が中琉球よりも台湾や中国南部に多くみられる。(南琉球-大陸等との間で新固有な系統)
C:更新世初期〜現在(約200万年前頃〜)
①大陸では中琉球と共通の祖先種をもつ陸生生物が絶滅してゆき、中琉球は遺存固有な陸生生物相が形成されたと考えられる。(中琉球-遺存固有な系統)
②気候変動(氷期―間氷期)に伴う海面変化で、近隣の島嶼間で分離、結合が繰り返され、生物の分布が細分化され、中琉球、南琉球のそれぞれで、島嶼間の種分化が進行した。(中琉球-遺存固有かつ新固有な系統)
③イリオモテヤマネコとリュウキュウイノシシは、大陸に最近縁種が分布することから氷期の海面低下で南琉球と大陸の間の距離が極く小さくなった際に、大陸から海を渡って南琉球に侵入してきた(9万年前〜5万年前頃)と考えられる。(南琉球-氷期の海面低下時に大陸から侵入した固有亜種の例)
④中琉球と南琉球の固有種には、広く両地域の間で種分化した系統群も多く見られる。ニオイガエル属のハナサキガエル種群、植物ではカンアオイ属が挙げられる。
(2019年2月提出の推薦書(仮訳)より引用)