対馬野生生物保護センター

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とらやまの森
環境省 対馬野生生物保護センター ニュースレター

とらやまの森第11号

 

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対馬の動物シリーズその11


ツシマジカ

偶蹄目シカ科シカ属 学名:Cervus nippon pulchellus

「フィーヨーォ、フィーヨーォ」昨年上県町では、9月20日に初めて、オスジカのラットコールが聞こえた。ラットコールとは、交尾期にオスジカが大きな声で鳴くもので、その声は1キロ先まで届くらしい。人々にその姿や声がめでられることもあるシカであるが、ここ対馬では、せっかく植林した木を食べたり、角をこすりつけたり、田畑に被害を与える「害獣」のイメージが強い。
 二ホンジカは、ベトナムから中国東部、台湾、日本、沿海州に分布する[中国名は夏毛の白い斑点から『梅花鹿(メイファールー)』]。主な生息環境は、温帯林の林縁部、およびその周辺の疎林や草地で、体重はオスが40~100kg、メスが20~60kg程度である。オスにだけ枝分かれした角があり、この角は毎年生え替わる。日本にすむニホンジカは、さらに亜種に分類され、九州地方には、キュウシュウジカ,マゲシカ、ヤクシカが生息する.ツシマジカは1970年にニホンジカとは別種として報告されたが、別種といえる程の差具があるのかと疑問を持つ意見もある。
 まずは、そんなシカの生理ということで「反芻」、そして生態ということで「繁殖と仔育て」について紹介する。

シカの反芻

 シカは、牛と同じように、四つの胃を持ち、「吐き戻し、噛み返し(=反芻)」をする。第1胃は一番大きな袋で、その壁を縦横に柱のように支えているのが、焼き肉用語で言う「ミノ(筋柱)」である。第2胃のことは「ハチの巣」、第3胃は「センマイ」、第4胃は「ギアラ」と呼ばれている(イメージできました?)。4つの胃のうち、人間の胃のように消化液をだすのは、第4胃だけで、第1から第3胃は、細菌、原生動物、真菌などの微生物が住む発酵タンクになっている。動物が反芻して多量の唾液を飲むのは、発酵中に酸度が高まった内容物を中和し、微生物が住みやすい環境にするためである。また、反芻により植物をかみ砕いて、微生物が消化・発酵しやすくしているという意味もある。反芻は、「胃の中の微生物に対する動物からのサービス」といえるのだが、そこまでサービスするのには理由がある。シカが食べた植物の約80%は、発酵により細菌や原生動物の体に変わるのだが、これらは動物の肉のタンパク質と同じ様な栄養価値を持っている。つまり、シカは見かけ上は草や木を食べているように見えるが、実際には、植物は微生物の餌で、シカが本当に”食べる”のは、微生物の発酵産物(有機酸)と微生物体なのである。シカは、このような仕組みによって、人間が栄養源にしづらい草や木の繊維を主食にして十分なエネルギーを得ている。座って口をモグモグさせて反芻中のシカの首を見ていると、時々、ピンポン玉大の塊が上がっていくのが見られる。峰町木坂にあるシカ牧場に行ったときなど、ゆっくり観察してみてはどうだろう。


繁殖と子育て

 シカは、秋に交尾をし、約220日の妊娠期間を経て、翌春に1頭の仔を産む。メスジカは1才から妊娠可能となる。0才を除いたツシマジカの妊娠率(1997年度有害鳥獣個体)は、94.2%で、1才以降、寿命が来るまで、ほとんど毎年、仔を産んでいることになる。94.2%という妊娠率は他の地域、例えばちょっと古いが兵庫県のシカで83.0%(1990年)、大分県で90.2%(1997年)と比べても高い。シカ類の初産年齢や妊娠率は栄養状態に関係することが分かっているので、ツシマジカの栄養状態はかなり良いと考えられる。
 データはこのくらいにして、シカの子育てを少し紹介する。かつて、対馬から遠く離れた神奈川県丹沢の塔ノ岳(標高1491m)で人馴れしたメスジカに調査のためついて歩いて(シカストーカー)いたことがある。このシカが仔を産んだのだが、仔は授乳時以外、草むらに座り込んでいた。授乳後、仔はしばらく親について歩き、促されるわけではなく自分から座り込んでしまい、親の方は何もなかったように、食べながら歩いていってしまう。しかし、親は、仔が座った場所を覚えているようで、数時間後に、仔が座った場所に一直線に向かい、「プープープー」と言うような声を出し、仔を呼び寄せ授乳を行っていた。このような行動は生後1ケ月程観察されたが、その後この仔は死んでしまったのか姿が見えなくなってしまったので、いつまでこういった行動をするのかは分からなかった。隠れている仔ジカを「親とはぐれていて弱っている」と勘違いして、人間が誘拐してきてしまうことがあるが、親は仔の居場所が分かっているので、そっと放っておくのが良いと思う。

棹崎周辺のシカ

 対馬は、農林業被害が特に多かったということで、北海道、岩手県、兵庫県の各地域と共に、47年ぶりで1994年度からメスジカが狩猟可能になった。(1947年以降メスジカは狩猟禁止だった。)平成11年度は、オスとメス合計で2348頭(狩猟+有害鳥獣駆除)が捕られた。さらに平成12年度猟期から、これまで狩猟は「一日1頭まで」に制限されていたのが、「1日あたりオスジカ1頭とメスジカ1頭の計2頭、またはメスジカ2頭まで」と緩和された。シカは一夫多妻型で、ハーレムを形成する繁殖生態であるため、オスの数が減ってもメスを減らさないと次世代の出生数は減少しない。メスを重点的に捕ることにより、個体数を確実に調整しようという考え方に基づくものである。
 島内全域を考えれば、まだ生息密度が高い地域が多いと思うが、上県町の対馬野生生物保護センター(棹崎)周辺に限れば、数年前には糞があった場所にも、今年は糞や痕跡はないし、姿もほとんど見られない。平成11年度の有害鳥獣駆除により、棹崎周辺では、棹崎で24頭、佐護で338頭、中山で96頭のシカが捕られた(平成12年度ツシマジカ対策協議会資科)。棹崎周辺の生息密度は捕獲により減少したと言えるだろう。
 対馬だけでなく、全国各地でシカの数が増えて、農林業被害が増えていることや、自然植生が影響を受けていることを、テレビや新聞の報道などでご存じの方もいらっしゃると思う。有史以来、日本の森林に針葉樹(スギ・ヒノキ)が現在のように大規模に植林されたのは昭和30年代の拡大造林政策以降のことである。ちょっと前まで、対馬の森林は、薪炭林として、あるいは木庭作として、本来そこに生えている樹種を変えないで利用されてきたのではないだろうか? シカの数を減らすだけで、農林業被害がなくなり、自然植生がもと通りになって、問題が解決するのかについては、よく分からない部分もある。もとの形と違ってきている森林に生息するシカと、つきあっていく方法を、これからも探っていく必要があると考えている。

※シカの反芻の部分は、「朝日新聞社動物たちの地球55シカ・プロングホーンほか」の中の宮崎大学小野寺良次先生による「動物を食べる草食獣」を参考にさせていただきました。  <MIT>


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