対馬野生生物保護センター

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とらやまの森
環境省 対馬野生生物保護センター ニュースレター

とらやまの森第11号

 

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対馬が唯一の産地 オウゴンオニユリについて


 対馬出身の教員、國分英俊(こくぶひでとし)さんよりご寄稿いただきました。植物がご専門で、現在は上対馬町立豊小中学校の校長先生をされています。ちょっと季節外れではありますが、対馬を代表する花の話です。

オウゴンオニユリについて

上対馬町立豊小中学校
國分英俊

 6月下旬から、対馬の野山、道路のふちにオニユリの花を見かけるようになる。8月上旬まで全島は朱赤色のオニユリに彩られる。
 オニユリは食料として中国から入ってきたと伝えられているが、それは種子の出来ない3倍体の個体(珠芽−ムカゴ−で増える)である。日本本土にみられるオニユリはすべてこの3倍体の個体ばかりで、種子のできる2倍体のものはない。何らかの理由で3倍体となったものが日本に入ってきたと考えられる。
 対馬のオニユリは、調査によると2倍体のものが約75%、3倍体のものが約25%と2倍体の個体数が多く、3倍体のものが少ない。このことから対馬に生えているオニユリのほとんどはムカゴとともに種子で繁殖する。このように、2倍体のものが多いこと、人為的に持ち込む理由のない無人島にも多いことから、対馬のオニユリは海外から持ち込まれたものではなく、もとから自生していたと考えている研究者もいる。
 オニユリに種子ができる対馬では、突然変異でできたと思われる覆輪(ふくりん)オニユリ、斑点のないオニユリ、黄色のオニユリ等が発見されている。特に黄色のオニユリはオウゴンオニユリと命名され、発見地において大切に栽培が続けられている。

オウゴンオニユリ

 オウゴンオニユリが文献に見えるのは、日本園芸雑誌(1922)に対馬の武本毅氏が発表しているのが最初である。その後、植物研究雑誌(1933)に牧野富太郎氏が発表している。
 このオウゴンオニユリはユリの育種家には早くから知られていた。地元では、あまり知られておらず、わずかの方々、発見地の上県町女連(うなつら)の人々によって細々と株が維持されてきた。
 オウゴンオニユリが知られるようになったのは、厳原の故岡部虎男氏の努力によることが大きい。昭和42(1967)年、オウゴンオニユリの存在を知った岡部氏は調査を開始し、発見地女連でも自生のものはないこと、過去数回発生し採集されていること、現在も細々ながら栽培されていること、厳原でも5軒の家庭で栽培されていることをつきとめ、貴重性と品種が絶える事を懸念し同年、「黄金鬼百合について」というパンフレットをつくって、女連、久原に配布し保護を訴えた。その後、大阪学院大学の野田昭三氏による染色体の研究により、オウゴンオニユリには2系統あり、いずれも上県町の女連産であることが判明している。


オウゴンオニユリ

 岡部氏は調査を続け、牧野富太郎氏の発表のものは中尾信吉氏が昭和6〜7(1931〜32)年頃上県町の女連で発見したものであることを中尾氏の家族との面会で確認した。また、昭和52(1977)年の調査の時、女連で最初にオウゴンオニユリが発見されたのは百数十年前であることを聞き取り調査によって確認している。また、最後に野生のオウゴンオニユリが確認されたのは、昭和24(1949)年女連のサナデで縫田氏が発見したものであることもつきとめている。
 さらに、大発見は、昭和52(1977)年上対馬町でもオウゴンオニユリの自生地を確認したことである。この自生地の発見は岡部氏の執念が実ったものである。昭和46(1971)年9月、対馬町村会の事務室で、当時上対馬町議会議長の梅野貞省氏が、上対馬町にオウゴンオニユリがあると話しているのを、事務局長であった松原隆夫氏が聞き、岡部氏に知らせたことがきっかけとなる。


 岡部氏は昭和47(1972)年7月、上県町教青委員会に連絡をとり、現地の確認をお願いした。同年7月15日に職員の方が確認に行き、まだ開花していないものを見つけたとの連絡を受けた。17日に再度開花の確認に行ったところすべて掘取られていたとの報告を受け、愕然としたとのことであった。岡部氏はあきらめきれず、ムカゴが成長して開花すると思われる5年後の昭和52(1977)年7月29日、現福岡市在住の由井正紀氏とともに自生地に行き、開花しているオウゴンオニユリを発見した。撮影された写真は、「原色日本のユリ」にも掲載されている。また、そのとき採集した4個のムカゴより増殖した株が、数人の方により大切に保存されている。
 現在、上対馬町の自生地では細々ではあるが2本の開花株を見ることができる。世界で唯一のオウゴンオニユリの自生地であるが、生えている場所の状況が悪いこと、株が年々小さくなっていること等から、いつ絶滅してもおかしくない状態でもある。

(了)



野生動物のニワトリ小屋への被害防止について

 最近、ツシマヤマネコ等の野生動物が民家の鶏舎(ニワトリ小屋)に入り込んでニワトリを襲う話をときどき耳にします。3ページでもお知らせした保護収容されたヤマネコの例もそうでした。対馬には野生の食肉類としてツシマヤマネコ以外にツシマテンやチョウセンイタチがいますし、ノラネコやノライヌが鶏舎を狙うこともあるでしょう。對馬嶋誌(つしまとうし)(1929)には、ツシマヤマネコは「人家近くに出て禽舎を襲うことあり、害獣少なき本島にては悪むべき獣類の第一なり」と書かれており、実際にはかなり昔からよく起こっていたことなのかも知れません。しかし、鶏舎に餌付いてしまうことは、ニワトリを飼っている方にとっては損害になりますし、野生動物にとっても本来の生態から考えると異常なことといえます。
 希少な野生動物が生息する地域において、それらの食物となりうるニワトリ等への被害を防ぎながら共生するためには、動物側の駆除を考えるのではなく、人間の方が知恵を絞り手間をかけて、食害の防止対策を施すことを考えた方が良いのではないでしょうか。

野生動物による鶏舎等の被害を防ぐために

  • 木箱に古い漁網をかぶせただけのようなニワトリ小屋では無防備です。小屋を金網やブロックで補強をするだけでかなり効果があります。
  • イヌを番犬として鶏舎付近につなぐことで野生動物の接近を防げます。ただし、イヌの放し飼いは効果がありませんし、条例違反になります。

 食害防止効果の高い鶏舎の設計については、センターに資料がありますので、関心のある方はお問い合わせ下さい。  <T2>


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