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対馬野生生物保護センター

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第二次特別調査の概要

調査の目的

 ツシマヤマネコは長崎県対馬だけに生息する野生ネコで、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」、 通称「種の保存法」により、イリオモテヤマネコとともに「国内希少野生動植物種」に指定され、絶滅防止のための対策が進められています。

 環境庁はツシマヤマネコ保護増殖事業を実施するとともにその一部を長崎県に委託し、本種の保護に努力しています。 その一環として1994年度から1996年度の3ヵ年にわたって第二次生息特別調調査が行われました。 調査は長崎県から委託を受けた(財)自然環境研究センターによって、関係行政機関、大学、動物園、地域の民間団体や住民の協力の下に実施されました。
 今回の調査は、1985年度から1987年度に行われた第一次生息特別調査をもとに、その後行われた各種調査を踏まえ、 ツシマヤマネコの生物学や6生息環境に関する最新の知見や情報を収集し、今後の保護対策を検討することを目的として行われたものです。

生息調査

 第一次生息特別調査では1980年代の生息情報がまとめられました。今回の調査でもフンなどの痕跡確認調査とアンケートを中心に「ツシマヤマネコを守る会」の調査などを加えて、 1990年以降の生息情報を整理しました。これら2つの年代の分布を比べてみると、調査ルートの増加や調査精度の向上などにより、痕跡情報は1990年代の方が多くなっています。 しかし、豊玉、美津島両町域では痕跡情報が全く得られず、またアンケートで集まる生息情報は非常に少なくなりました。
 現在、生息情報が最も広く連続しているのは上県町西部で、ここがヤマネコの最も重要な生息地と考えられます。また、御岳周辺や上対馬町東海岸地域でも比較的多くの情報が得られています。 かつては厳原町南部や峰町西部にも生息情報がありましたが、この地域の痕跡は1996年以降発見されておらず、対馬全島での分布域はここ数年をみても縮小しつつあると思われます。

 1970年以前の生息数については約300頭という推定値があります。また第一次調査では1980年代の生息数を100頭前後と推定しています。 1990年代の生息数は、痕跡調査とアンケートによる生息情報があるか生息が推定される地域の面積に、生息密度(1平方キロあたりの個体数)を乗じて求めました。 その結果およそ70頭から90頭という推定値を得ました。最近10年間でもツシマヤマネコの生息数は滅少傾向にあると考えられます。

生息環境

 対馬全域について、ツシマヤマネコの生息憶報が得られた場所の標高、土地利用、植生などを調べました。 その結果、生息情報は標高200m以下で耕作地が5%以上ある地域に多く、ツシマヤマネコは人間の生活域に近いところに生息していると考えられました。 しかし、今回の調査では、植生との関連についてはっきりした傾向が認められませんでした。 ヤマネコがどのような環境を好むかについては、さらに詳しい調査研究が必要です。

系統および遺伝学的特長

動物間を結ぶ枝をたどる距離が遺伝的な差をあらわす。
ツシマヤマネコはベンガルヤマネコやイリオモテヤマネコときわめて近縁であることがわかる。

左:ツシマヤマネコ、左下:イリオモテヤマネコ、右下:ベンガルヤマネコ

捕獲したツシマヤマネコの血液や毛根、交通事故死体の筋肉などから遺伝子(DNA)を抽出し、次のことを調べました。

1.他のネコ類との系統関係
 DNAの塩基配列を他のネコ科動物と比較したところ、ツシマヤマネコはアジア大陸産のベンガルヤマネコや沖縄県西表島に生息するイリオモテヤマネコにきわめて近縁であると考えられました。また、大陸の集団から分かれた年代は約10万年前と推定され、対馬が大陸から離れた時期についての地史的研究の結論とほぼ一致しました。
2.集団遺伝学的特徴
 ツシマヤマネコ5頭の間の遺伝的な違いを調べたところ、その差は他のネコ科動物に比べて少ないようでした。これは自然環境の変化や病原体の侵入に対して、ツシマヤマネコの低抗性が低い可能性があることを示しています。

行動および生態

1.行動圏
 上県町西部の志多留、田の浜地域を中心に、電波追跡法によってメス1頭、オス2頭の行動を調べました。 電波追跡法とは、ヤマネコに首輪型の発信機をつけ、その電波を受信することで個体の位置、活動状態を調べる方法です。
 このメスが1ヶ月間に行動した範囲(行動圏)の大きさは、調査した7回の平均が74ha(51~91ha)で、このメスには強い定住性が見られました。
 一方、オス2頭(調査期間は5回および2回)の行動圏は、平均556ha(115~1647ha)で、メスの約7.5倍ありました。 オスの行動圏がメスに比べて大きいのは、主として冬に行動圏が拡大したためです。 この時期はヤマネコの発情期と考えられており、才スの行動圏が拡大したのは繁殖活動に関係している可能性があります。
2.食物
 ツシマヤマネコの最も重要な食物はネズミ類で、季節を問わず食べられています。 また、冬に鳥類(主としてカモ類)を、夏に昆虫類を多く食べることが知られています。 植物の実や果肉はほとんど食べず、完全な肉食といえます。
 食物資源として最も重要なネズミ類の数を環境別に調べたところ、自然度の高い照葉樹林や草地に多く、スギやヒノキの人工林では少ないことが分かりました。
3.利用環境
 電波追跡の結果、ツシマヤマネコは谷筋や低地部をよく利用し、時に集落や道路周辺まで現れることが分かりました。 さらに、メスの12月の追跡結果を分析したところ、このメスに最も好まれた環境はネズミ類が豊富な竹林(メダケの藪)でした。 この竹林は食物をとる場所としても休息する場所としてもよく使われていました。しかし、他の環境については活動時と休息時でその利用状況がかなり違うことが分かりました。
 ツシマヤマネコの好む環境は、季節によって、また性別によって異なる可能性がありますし、子育てをしている時には違った環境が必要かもしれません。 ツシマヤマネコがどのような環境を好むかはこれから詳しく調べて行かなくてはならない課題ですが、いろいろな活動目的に応じた環境の組み合わせが必要であると考えられます。

病気1 ツシマヤマネコの寄生虫症

捕獲個体(生体)
No.1(オス) 鉤虫卵
No.2(オス) 鉤虫卵・線虫卵
No.3(オス) 鉤虫卵・マンソン裂頭条虫
死体
No.4(メス) 鉤虫・胃虫・猫回虫
No.5(オス) 肺虫・猫回虫・マンソン裂頭条虫
No.6(メス) 鉤虫・線虫・猫回虫・マンソン裂頭条虫

病気2 イエネコのウイルス症

猫免疫不全性ウイルス(FIV)
11頭 感染率22%
猫コロナウイルス(FCov)
6頭 感染率12%
猫白血病ウイルス(FeLV)
1頭 感染率2%
猫汎白血球減少性ウイルス(FPLV)
18頭 感染率36%
猫ウイルス性鼻気管炎ウイルス(FHV)
36頭 感染率72%
猫カリシウイルス
44頭 感染率88%

 イエネコの血液検査結果。調査地:上県町・上対馬町(計50頭)
 生態調査や飼育繁殖のために捕獲した個体の血液やフン、および発見された死体を検査して、ツシマヤマネコの寄生虫やウイルスを調べました。

1.寄生虫症
 飼育下(人工)繁殖のために捕獲、保護収容された3頭全てのフンから寄生虫が確認されました。 ただしこれらの寄生虫が原因と考えられる病的な症状はみられませんでした。 また死体3頭を解剖した結果からも、全ての個体で寄生虫が確認されました。 このうち2頭には病変は認められず、死因は交通事故でした。 しかし、1頭(No.6)には鉤虫(コウチュウ)の寄生によると思われる胆管炎が認められ、 これが原因で衰弱死したものと考えられました。
2.ウイルス症
 捕獲個体のうち1頭(No.2)からは、猫免疫不全性ウイルス(FIV)と猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIP:FCovの一種)の抗体が確認されました。
 また、このヤマネコの捕獲地点の近くで、ヤマネコと共通の病気にかかると思われるイエネコ(飼いネコ、ノラネコ)の血液検査を行ったところ、イエネコは国内の他の地域と同じ程度に種々のウイルスに感染していました。
 さらに感染していたツシマヤマネコ(No.2)とイエネコからFIVウイルスを分離して、その遺伝子を調べたところ、どちらも九州、四国地方のイエネコに見られるウイルスと同じ型でした。 このことから、このツシマヤマネコは島内に持ち込まれたイエネコ由来のウイルスに感染した可能性が高いことが分かりました。

[FIVウイルスの感染経路]

飼育下繁殖計画

 将来、ツシマヤマネコを飼育下で繁殖させ、増えたヤマネコを生息に適した地域へ再導入することを目的として、捕獲や輸送、飼育、繁殖の技術開発も開始されています。 飼育下繁殖のための捕獲は野生のツシマヤマネコ集団に与える影響を最小限に押さえるため、生息地の中心部を避け、周辺部や孤立した生息地で行われました。
 1999年2月までlこ、オス3頭・メス2頭の合計5頭の健康な個体が飼育繁殖機関である福岡市動物園に収容され、ツシマヤマネコ専用の獣舎で順調に飼育されています(2000年3月現在)。 ツシマヤマネコの飼育下繁殖はこれまでに例がなく、動物園では飼育技術の向上、ビテオ観察lこよる行動データの収集など、繁殖に向けての努力が続けられています。 なお動物園では、飼育個体の様子をビデオで見ることができます。

今後の課題

 ツシマヤマネコの生息状況は悪化しつつあり、本格的な保護対策が緊急に求められています。最も重要なのは良好な生息環境を保全することです。 また最近増加している交通事故の防止を図るとともに、イエネコからのウイルス感染を防ぐため、ノラネコを減らしたり、ネコの飼い方に注意することも必要です。 さらに野生のヤマネコがきわめて少ないことから、できるだけ早く飼育下での繁殖を成功させ、野外へ再導入する準備も進めなければなりません。 ただし生息環境の悪化がこのまま続くと、たとえ飼育下でヤマネコが増えたとしても、再導入する場所がなくなってしまう危険性もあります。
 一方ツシマヤマネコの保護を考える上で必要な情報はまだ不十分で、生息状況の変化を見守るためにも調査を継続しなければなりません。たとえば年を通じた行動追跡によって、 ヤマネコが必要とする生息地の広さや好む環境を詳しく知ることも課題の一つです。遺伝的性質に関する情報をさらに蓄積し検討することも重要です。 そして、こうした調査と研究を進めるためには、地域住民からの情報提供をはじめとする協力が不可欠です。

 以上のようなツシマヤマネコ保護活動を推進するために、対馬北西部の上県町棹崎地区に1997年「環境庁対馬野生生物保護センター」と「長崎県対馬自然の森」が整備されました。 ここでは行政機関、研究機関等の協力を得ながら、ツシマヤマネコの保護対策や調査研究を行うとともに、展示室やレクチャールームを利用した普及啓発活動等が総合的に実施されています。 このセンターを拠点として国、長崎県、対馬各町、大学、動物園、そして地域の民間団体や住民など広範な関係者が協力して、保護活動をさらに強力に進めていかなければなりません。

パンフレット作成:(財)自然環境研究センター
写真協力:山村辰美、(財)東京動物協会、環境省 西表野生生物保護センター、福岡市動植物園動物園