対馬野生生物保護センター

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環境省 対馬野生生物保護センター ニュースレター

とらやまの森第3号

 

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ツシマヤマネコとネコの病気との関係


福岡市動物園獣医
丸山浩幸

 ツシマヤマネコの飼育下繁殖計画を実施している福岡市動物園では、ヤマネコ飼育個体を収容された順番に従ってNo.1、No.2・・・と番号で呼ぶことにしています。
 現在はNo.1、No.3、No.5の3頭(全てオス)が動物園で飼育されています。

 ツシマヤマネコNo.2を捕獲しFIV感染が発見されて早1年半が経ち、ようやく10月に現在までの収容先であった鹿児島大学から対馬野生生物保護センターに収容されることとなりました。そこで今回はツシマヤマネコ(以下ヤマネコと略)とイエネコ(以下ネコと略)の病気との関係と題しまして、今ヤマネコの存在を一番脅かす感染症について簡単にお話ししたいと思います。
 元来ヤマネコは、本土から離れた島という環境の為、日本中で広がっているネコの感染症には汚染されていない状況でした。ではなぜヤマネコNo.2が猫免疫不全ウイルス感染症(FIV)やコロナウイルス感染症(FCoV)に感染したのでしょうか。それは交通の発達とともに多くの本土のイエネコが人とともに対馬にやってきて、それがノラネコとなりヤマネコと生息地が重なり感染したためと考えられます。
 ネコはウイルス性感染症の多い動物です。ネコが感染するウイルスは、ヤマネコをはじめ動物園にいるトラやライオン等全てのネコ科動物にも感染するうえ、ときには死亡することもあります。ウイルスの病気はまだ発見されて数十年しかたっていないので解らないことが多く、また治療法も殆どありません。その為ワクチン接種による予防が一番有効です。
 しかしワクチン接種したからといって絶対病気にかからないという事ではありません。発症しないか発症しても軽い症状で済むということです。これらのことは皆さまも経験されていると思いますが、人のインフルエンザ予防接種やおたふく風邪、麻疹などの予防接種と同じです。このように人では重篤(じゅうとく)なウイルス感染症に対してワクチン接種をする事になっています。特にこのウイルス感染症は小さいときほど感染しやすくまた重篤になりやすいので、ネコに関しては生後6週間より接種します。これらのことより動物園ではライオンを始め希少なネコ科動物を感染症から守るため絶えずウイルス検査を行い、ワクチン接種を行っています。
 それではどの様な感染症があるのでしようか。

舟志川付近で撮影したイエネコ
  1. 猫ウイルス性鼻気管炎(FHV)
  2. 猫カリシウイルス感染症(FCV)
  3. 猫汎白血球減少症(FPLV)
  4. 猫白血病(FeLV)
  5. 猫免疫不全ウイルス感染症(FIV)
  6. 猫コロナウイルス感染症(FCoV)

 この他にもありますが、以上6種類が日本において最も流行しているものです。簡単に症状について述べますと、1と2は風邪の様な疾患で鼻水や目ヤニが大量に出ます。次に3は腸炎を主体とした病気で重度の血便と脱水が見られ死亡率の高い病気です。以上3種に関してはワクチンも十分に開発され、またある程度の治療で完治させることのできる病気です。4は名前の通り白血病です。症状は人間やウシのものと同じで血液の腫瘍です。発症すると猫の場合殆(ほとん)ど助かりません。2年前からワクチンができたので予防接種で防ぐことができます。5はいわゆるエイズです。いろいろな病気を防ぐ免疫が働かなくなる病気で、それ自体の病気より他の些細(ささい)な病気が重症となり死亡します。最後に6ですがこの病気についてはまだ十分に解明されておらず、また発症したら数週間の内に死亡します。もちろんワクチンも治療法もありません。また問題となるのは、このコロナウイルス症のうち猫伝染性腹膜炎を引き起こす感染症です。現段階では発症しなければ診断できません。
 これら6種類の病気はFIVをのぞいて殆ど糞尿や分泌物の直接経口感染が主です。しかしそれほどに経口感染するものかと普通は考えますが、ネコはご存じの通り毛づくろいを頻繁に行います。そのため体表についたウイルスが体内に入りやすいのです。またFPLVにおいては数ヶ月以上も感染力が残るため一匹でも発症すると長期にわたり感染が続きます。これに比べFIVは人間のエイズと類似していますので、喧嘩などの咬傷がなければ絶対感染しません。
 以上6種類の病気についてお話しいたしましたが、これらの病気がどうしてヤマネコにとって危険かと申しますと、ヤマネコは未だかつてワクチン接種していないことはもちろん今まで感染したこともないため、これらの病気に対して大人のヤマネコから生まれたての子供まで全く免疫がありません。その為これらの病気にかかったネコがヤマネコと接触すると感染しやすく、その上ヤマネコ同士で感染が広がります。幾らかのヤマネコはこのことで死亡することでしょうし、もしくは健康不良の個体が増え、絶滅の原因となる他の環境要因が大きく響くこととなるでしよう。このことがヤマネコ保護事業の中で危惧され、検査対象となっているときにNo.2のFIV感染等が発見されました。その為数ヶ月後には対馬におけるネコ(飼いネコやノラネコ)の感染症の疫学的調査を行ったことは、ご協力していただいた対馬島民の方の記憶に新しいことと思います。検査の結果は公表されていますが、本土の感染率とそれほど変わらないことが判明しました。まだ一部の地域の調査ですので正確ではないと思いますが、ヤマネコに対する影響は非常に大きいものと考えています。
 現在福岡市動物園では3頭のオスヤマネコを飼育しています。再導入も含め保護増殖事業は現在全国の動物園関係者からも注目されています。ヤマネコに関してはまだその生態も十分に解明されていないことが多いので動物園でも苦労していますが、一日でも早い繁殖をめざしたく、メスの導入を心から待ち望んでいます。また感染症がヤマネコに与える影響に関しても危惧しています。ヤマネコを絶滅から防ぐために良好な生息環境の保全は重要なことですが、イエネコからのウイルス感染症を防ぐためにノラネコを減らしたりネコの飼い方に対馬島民の方々に協力していただくことが、ヤマネコだけでなく対馬のネコにとっても必要なことと思います。


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