ホーム >> ツシマヤマネコ生息状況等調査(第四次特別調査)の結果概要について
環境省では、種の保存法にもとづく保護増殖事業を実施しているツシマヤマネコについて、最新の生息状況(2010年代前半)の特別調査(第四次特別調査)を平成22年度~平成24年度にかけて実施してきました。今般、その結果概要がまとまりましたのでお知らせします。
調査の結果、下記のことが分かりました。
したがって、上島での分布の拡大や下島での生息確認は良い傾向と考えられますが、推定生息数はほぼ同じ又は一割程度の減少という結果で、少なくとも増加傾向は見られなかったことから、全体としては2000年代前半から2010年代前半にかけてのツシマヤマネコの生息状況は、依然として改善しているとは言い難い状況です。
環境省では、今回の調査結果を保護対策における基礎資料として活用し、対策を強化するとともに、引き続きモニタリングを継続していきます。
ツシマヤマネコは、我が国では長崎県対馬のみに分布しており、環境省第4次レッドリスト(2012年公表)では最も絶滅のおそれの高い絶滅危惧IA類と評価されている。
平成6年に、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(「種の保存法」)にもとづく国内希少野生動植物種に指定され、平成7年に「ツシマヤマネコ保護増殖事業計画」が策定されている。
我が国において、野生下における絶滅が最も強く危惧されている哺乳類の一つであることから、野生個体の保護、生息調査や生息地の改善等を推進するとともに、(公社)日本動物園水族館協会と連携して飼育下繁殖事業を進めており、今後、下島における野生復帰の技術確立検討を行う予定である。
ツシマヤマネコの生息状況に関する環境省の総合的な調査の実施状況は表1のとおりであり、昭和60年度~62年度に実施したツシマヤマネコ生息環境等調査(以下、第一次調査)、平成6年度~8年度に実施したツシマヤマネコ第二次生息特別調査(以下、第二次調査)及び平成14年度~16年度に実施したツシマヤマネコ生息状況等調査(以下、第三次調査)がある。
今回の調査は、総合的な生息調査としては4回目であり、前回の調査から約8年ぶりとなる。調査結果の概要は以下(1)~(4)に示すとおりである(調査手順は図1を参照)。
表1 これまでの調査一覧
調査名 |
実施年度 |
分布情報収集の対象期間 |
密度情報収集の対象期間 |
調査手法 |
ツシマヤマネコ生息環境等調査(第一次調査) |
昭和60~62 |
昭和62(1987)年度以前 |
- |
アンケート調査及び一部地域の現地調査による情報を用いて分布図を作成 |
ツシマヤマネコ第二次生息特別調査(第二次調査) |
平成6~8 |
平成8(1995)年度以前 |
- |
|
ツシマヤマネコ生息状況等調査(第三次調査) |
平成14~16 |
平成12(2000)~16(2004)年度 |
平成14(2002)~15(2003)年度 |
ほぼ全域で現地調査実施(糞のDNA分析による種判別も実施) |
ツシマヤマネコ生息状況等調査(第四次調査) |
平成22~24 |
平成22(2010)~24(2012)年度 |
平成23(2011)年度 |
ツシマヤマネコの生息状況を評価する単位として、第一次~第三次調査で用いた1kmメッシュではなく、ツシマヤマネコの行動を制限すると考えられる尾根を境界とする集水域を基本に、対馬(上島及び下島)を107の地域に区分した。
(図2)
今般の第四次調査においては、確実な生息情報として、
①生体の保護・捕獲、死体収容
②自動カメラ撮影
③痕跡調査で得られた糞のDNA分析(※)による情報
を収集することにより、2010年代前半の生息分布図を作成した(図3)。
また、過去の分布状況についても、今回作成した地域区分に基づき再評価し、これらを合わせた、各年代別の生息分布図を作成した(図4)。
(※)糞のDNA分析
糞の表面に付着している組織をDNA分析することにより、ツシマヤマネコの糞とツシマヤマネコ以外(イエネコ、イヌ、ツシマテン及びチョウセンイタチ)の糞とを識別することが可能となった。そのため、第三次調査以降は糞についても確実なツシマヤマネコの情報として採用している。また、ツシマヤマネコについては、性判定も可能となっている。
【上島の2010年代前半の生息状況】
上島については、第四次調査(2010年代前半)では、上対馬町の一部(オメガ森林公園周辺の半島部:地域区分17)を除く、全域に広く連続して分布していることが確認された。前回の第三次調査(2000年代前半)では、上島の南部での生息情報が得られていなかったことから、今回の第四次調査までに分布の南限が拡大したと考えられる。
また、上島では今回分布が拡大した南部の地域を含めて48箇所の地域区分でメスの生息が確認されており、これらの地域区分では繁殖している可能性が高い。
【下島の2010年代前半の生息状況】
下島については、第三次調査では生息が確認できなかったが、平成19年に23年ぶりに個体が確認され、今回の第四次調査(2010年代前半)においても4地域で生息が確認された。第三次調査(2000年代前半)以前から継続して生息していた可能性もあるが、今回調査で確認された4地域は地理的に連続しておらず生息地が分断されていることから、現在でも下島の生息数はごくわずかで、対策をとらなければ、いずれの分布域も消失する可能性がある。
ただし、確認された4地域のうち、地域区分69は万関瀬戸の南にあたり、上島の分布域と隣接している事から、上島と下島をつなぐ万関橋を渡って個体が行き来している可能性がある。実際に個体が移動していれば、今後、自然分散による分布域の拡大や個体数の増加が見られる可能性も考えられ、今後の継続的な情報収集が必要である。
【補足事項】
上島の全地域区分に設定した調査ルート(合計距離231.3km)における痕跡調査(林野庁、長崎県、対馬市、琉球大学が実施している痕跡調査を含む)で得られた糞情報をもとに、地域区分別の密度指数(糞数/km)を算出することにより相対的な生息密度を把握し、密度分布図を作成した。
また、同じ手法で第三次調査(2000年代前半)の結果を再評価して比較した(図5)。ただし、第三次調査においては上島南部に調査ルートがなかったため、再評価した密度指数が算出できたのは44地域である(合計距離167.56km)。
さらに、第三次と第四次の密度指数の増減について、地域区分別に表した(図6)。
その結果、生息密度は増加傾向にある地域が多いが、第三次調査(2000年代前半)で密度指数が特に高かった地域(地域区分10、33等)では低下しており、全体としては密度が平準化していることが分かった。
下島については、痕跡調査で得られる生息情報が極めて少ないため、密度指数を算出する事はできなかった。
さらに、密度分布図に主要な河川や地名等の情報を加え、普及啓発用資料等に用いる事を想定した保護マップ基礎図を作成した。(図7)
琉球大学の調査により、糞数から算出する密度指数と実際の定住個体(繁殖に関わっていると考えられる成獣)の生息数がわかっている志多留・田ノ浜地域(地域区分26)のデータを用いて、密度指数と個体数との関係について2通り(回帰式及び平均値)の計算方法を用いた。
これらの計算法から、地域区分ごとに密度指数から生息数を推定し、これを合計することにより、上島全域における定住個体の推定生息数を求めた。同様に第三次調査結果についても再評価を行って比較した。(第二次調査以前は十分な情報がなく、密度指数の算出は行っていない。)
【2000年代前半~2010年代前半の推定生息数の推移について】
【第三次調査における1980年代~2000年代の推定生息数の推移について】
表2 推定生息数の推移について
調査名 |
調査対象 |
推定生息数 |
備考 |
第一次調査 |
1980年代 |
約100~140頭 |
第三次調査(2005公表)の際に再評価したものであるが、糞の詳細な痕跡調査を行っておらず密度指数は算出できないため、第三次以降とは調査手法・精度が異なり、推定生息数を比較することは適切でない。 |
第二次調査 |
1990年代 |
約90~130頭 |
|
第三次調査 |
2000年代前半 |
約80頭または ※(上島の定住個体数) |
第四次調査の手法(密度指数をもとに2通りの計算法で算出)で再評価したもの。 |
第四次調査 |
2010年代前半 |
約70頭または |
密度指数を元に2通りの計算法で算出したもの。 |
表3に、これまでの調査結果をもとに分布、密度、推定生息数の変遷をまとめるとともに、それらを指標に生息状況の変化をまとめた。
表3 生息状況の変化
1970年代 |
980年代 |
1990年代 |
2000年代前半 |
|
分布 |
(注1) |
|||
密度 |
不明 |
不明 |
不明 |
(注2) |
推定生息数 |
不明 |
(注3) |
増加・拡大 減少・縮小 横ばい・変化なし
※破線は情報不足のため推定によるもの。
注1 第四次調査結果では、第三次調査と比較して上島において分布の拡大が確認されている。
なお、第三次調査以前の分布図は全域での現地調査による情報ではなく、アンケート調査等による情報を用いて作成されたものである。確実な生息情報とは言えない場合もあることから、推定としている。
注2 第四次調査結果では第三次調査と比較して、生息密度は増加傾向にある地域が多いが、第三次調査で密度指数が特に高かった地域(地域区分10、33等)では低下しており、全体としては密度が平準化していることが分かった。
注3 第四次調査では2通りの計算法により推定生息数を算出しており、同じ手法で第三次調査の結果を再評価し比較した結果、推定生息数はほぼ同じ、又はやや減少という結果になり、少なくとも増加傾向は見られなかった。
また、第三次調査では、それ以前の推定生息数を再評価することにより、過去からの推移を推定しており、第一次調査から第二次調査にかけて、また第二次調査から第三次調査にかけて、どちらも1割程度減少していたとの結果が出されていた。
ただし、この際は、分布が必ず縮小すると仮定した手法で算出しており、今回の結果と比較することはできない。
ツシマヤマネコの種の存続については、生息適地の減少や交通事故等の要因により危機的な状況にあると認識されているが、今回の調査結果では、依然としてその生息状況が改善しているとは言い難い状況にあることが示唆された。
上島においては、分布の拡大がみられたものの、生息密度が低下した地域があり、それらの地域では生息環境の悪化が懸念される。その原因は現時点では不明であるが、近年急増しているイノシシや高密度に生息するシカの採食圧による植生の変化が影響している可能性がある。そのほか、イエネコやイヌによる咬傷などの影響も考えられる。
さらに、平成24年度には交通事故で過去最多の13頭の死亡が確認されており、個体数減少の重大な要因の1つと考えられる。
したがって、環境省としては、関係機関等と連携して、各種モニタリングや調査研究を実施し、生息状況の把握に努めるとともに、減少要因の分析と必要な対策を引き続き実施することとしている。
さらに、より危機的な状況にある下島においては、飼育下個体群の野生復帰の技術検討も含めた総合的な保全対策を推進することとしている。
図1 調査手順フロー図
図2 地域区分図
図3 2010年代前半の生息分布図
図4 各年代別生息分布図
図5 密度分布図
図6 第3次と第4次の密度指数の増減図
図7 保護マップ基礎図